レイピカケ

History
ハワイアンジュエリーの歴史

ハワイアンジュエリーのルーツは19世紀イギリスのヴィクトリア王朝時代にあると言われています。 当時の女王のヴィクトリアは、夫であるアルバート王子が亡くなったあと、喪服で過ごしたとされており、 アルバート王子への想いを込めた喪服用のジュエリーを作らせました。 このジュエリーがヴィクトリアンジュエリーと呼ばれ、ハワイアンジュエリーの原型になったそうです。

イギリス王室と親交の深かったハワイ王朝最後の女王リリウオカラニは、自身もヴィクトリアンジュエリーに魅了され、 王子との想い出の品としてゴールドに黒いエナメルのハワイ語で「Hoomanao Mau ホオマナオ・マウ(永遠の思い出)」と入れたブレスレットを作りました。 その後、リリウオカラニ女王は、周りの大切な人達にハワイ語で想いを込めた言葉を入れブレスレットをプレゼントするようになったそうです。 女学校校長であったイギリス人のゾイ・アトキンソンにリリウオカラニ女王自らが作った曲である「アロハオエ」の文字を入れたブレスレットを贈ったことも有名です。 ブレスレットのインサイド(裏側)には、「1893年1月15日大切な人へ」と彫られていたそうです。 次第に女子生徒の中でそのブレスレットが評判となり、女生徒達は親に同じようなブレスレットを贈って貰うことが流行となったそうです。

大切な人への贈り物としてハワイアンジュエリーが、祖母から母へ、また母から娘へと受け継がれる家宝となっていきました。 ハワイでは、子供が産まれると子供の名前をバングル(ブレスレット)に彫りプレゼントしたり、大切な人への贈り物としてハワイアンジュエリーが定番化してきました。

「特別な人への特別な贈り物」それがハワイアンジュエリーなのです。

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